病棟の保育士②

小説:病棟保育士
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(※病棟保育士の仕事を、一部小説にして紹介しています。)

入院は予め予定を組んでいたといても、幼い患児にとっては突然決まるようなもの。

今まで家族と賑やかに生活していた日常から一変。病院で多くの無機質なベッドや機材に囲まれて、一人で過ごさなければいけないのだ。看護師さんや同室の子がいても赤の他人であるこもは変わりない。あれもだめ、これもダメ、痛い、辛い、苦しい。そんな感情と途方もない時間一人で向き合わないといけない。

患児にとっては病院生活は生まれてから最大の試練かもしれない。特に1~4歳くらいの男児はホームシックになり泣くことが多い。「ママに会いたい」「面会早く来てよ~」と病室で叫んでいることもある。しかしいくら泣き止んでも病院にいないママには届かないし、感染病を患っている場合は個室に移されるし、看護師さん達は多忙な業務により、ゆっくり相手をしてあげられない。

そんな子どもの心をケアしてあげられるのが【病棟保育士】である。患児の年齢や嗜好に合わせて適切な玩具を渡したり、一緒に遊ぶ事で不安な気持ちを和らげる。医者や看護師からの許可があればプレイルームで他児と関わることもできる。病棟保育士は通常の保育士業務と比べて、心のケアが求められる。患児にとっても保護者や看護師にとっても病棟保育士の存在は大きい。患児の心の拠り所となれる職業のひとつなのだ。

志津が各部屋を見廻りしていると、506号室から泣き叫ぶ声が聞こえた。「ママー…!ママー!面会来てよー!」10m先からでも聞こえてきた悲痛な声の主は3歳児くらいの男の子だった。どうやら昨日から入院しているらしい。

孤独な寂しさに胸をキュッと掴まれたが、三歳で「面会」という言葉を覚えていることに表情筋が和らいだ。これは反省すべき点だが、この余裕には理由がある。患児を泣きやませる自信があるからだ。

まず、阿鼻叫喚ともいえる患児の「家族と離れて過ごす辛い気持ち」を共感して受け止める。本人は自分の気持ちを話す余裕はないので、代弁しながら優しく背中を撫で、安心感を与えと頷きながら涙を浮かべることが多い。突如現れた保育士による優しい言葉に涙を流してたら、「この人は僕の気持ちをわかってくれる」と思わせることに成功した証。気持ちを代弁されてさらにヒートアップする子もいるが、感情は一度全部出してしまった方がいい。特に幼児の場合は。

彼らが落ち着いてきたらタイミングを見計らっていろんな話題を投げかける。例えば、彼が好きそうなものや窓から見える外界の話をする。もちろん病気や家族に関する話題は、最初の内はタブー。カクテルトークのように、病気や家族に関するワードが出ると、すぐに寂しい感情を呼び起こしてしまう。大変神経を使うが、まさに正念場。

5分程独り言のように語っていると、なにかしら反応を示してくれる。気持ちが自分に向いてきた証拠だ。おそらくこのやりとりを1~3回することになるが、次第に子どもの返答は増えて、自ら話すようになり、笑顔を見る事ができる。はい、クリア!

ここまでくれば「新しい玩具持ってくるね!」と病室を離れても平気だが10分以内に戻ることが望ましい。別の部屋の患児のお世話もしないといけないので、正直あまり時間はとれないけど、その後10分~30分程集中して一緒に遊んであげると泣いていた患児の気持ちは回復しており、言葉もどんどん沸いてきて、愛情タンクはおそらく70%弱程満たされ、一人でも遊ぶことができる。

子どもの気持ちに共感するということは保育の基本だと思っているけども、「入院」という特別な環境だからこそ、言葉を代弁してあげて優しく包み込んであげるケアが必要だと感じている。

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